Case.1 Lover
「VRChatを始めてよかったこと? いろいろあるけど、やっぱりいちばんは今の恋人と出会えたことかな。 彼とはVRChatで出会ったの。彼と出会うまでは私は、少ないフレンドのところをふらふらしたり、あんまり大きな声では言えないけど、Just Hで知らない人とVRセックスしたりして、それなりにこの世界を楽しんではいた。あんまり一つのところにとらわれたり、仲良しグループに属したりするのが好きじゃなかったの。 それはリアルでもそうで、物心ついてから特別仲のいい友達はいなかったし、はっきり交際を宣言して付き合うこともしなかった。なんで? うーん、なんとなく、そういうことをふしだらだと思っていたのよね。不思議でしょう、不特定多数の人と関係を結ぶのに、一対一の双方から結びつくような関係は避けるのかって。私はね、心を預けたり預けられたりしてがんじがらめになる関係こそ不健全だと思っていたの。お金や体ではない、目に見えない精神的な結びつきってどこか汚れていると感じていた。 そう、情というやつね。情けは人のためならずって言ったり、仏教では愛情を現世のしがらみなんて呼んだりして忌避するみたいね。これでも国文学科卒なのよ。 まあ、そんなことはいいわ。とにかく、情に流されて自分の身が保たなくなることを私は恐れていた。自分が弱い人間だから、裏切られたときに耐えられないと思ったから、他人を信じないようにしていた。こんなふうに自分を分析できるようになったのは、今の恋人のおかげなの。 彼に初めてリアルで会ったときは……言葉を選ばずに言うのなら、あんまりぱっとしない男の子だなぁと思った。背は高いけれど猫背だし、髪は無意味に長くて目を隠しているし、服もアイロンがかかっていなくて、あんまり身だしなみに気を遣わないんだ、って一目で分かった。今まで寝てきた人にこういう人はいなかったから、新鮮ではあったわ。私と目は合わせないけれど、丁寧に挨拶する様子は、若い男の子らしくてかわいかったな。 とりあえずお昼ごはんを食べることになって、彼の好きなオムライス屋に行ったわ。沈黙が怖かったのか、私が食べている間中もずっと彼はしゃべっていたから、彼のほうが遅く食べ終わることになったわ。ゲームセンターにも行ったんだけれど、彼は対戦ゲームでは絶対に手を抜かなくて、女の子に勝ちを譲るということをしなかった。でも、ぜんぜんいやな感じじゃなかったの。変よね、別に童貞萌えなんて性癖はないはずなのに。 まあ、途中の話が長くなったけれど、最終的に連れ込んだホテルで、私と彼は付き合うことになったわ。決め手? うん、彼のことはリアルで会う前から気になってたけれど、だから会ったんだけれど、実際に会ってみてやっぱり誠実な男の子だなって確信が持てたの。こんなふうに私のことを大事に思ってくれる人は初めてで、そんな彼との未来を見てみたいと思ったから、付き合うことにしたの。 ごめんなさい、あんまりちゃんと説明できていなかったかもしれないわ。やっぱり恥ずかしいし、うまく言葉にできないの。そうね、彼と出会えてよかった。それがVRChatであったいちばんいいことなのは間違いないわ。 彼を好きになったいちばんの理由は誠実さで、そのおかげで私たちの関係は一年以上続いているけれど、今彼をいちばん好きな理由はずっと一緒にいたからだと思ってる。今私の目の前に彼と同じように鈍いけど誠実ではにかんだ顔がかわいい男の子が現れても、私は絶対になびかないわ。彼と付き合う前は、こんなふうに他の人には浮気しないなんて、自信を持って言えなかったんだけれどね。だから私は、誰にも愛されたり愛したりする資格がないと思ってた。そう、全部は彼が教えてくれたの。不思議よね、何歳も年下の男の子にこんな当たり前の大事なことを教わるなんて。 たぶん他の人も感じていること、というかVRChatのみならずインターネットではよくあることなんだろうけれど、リアルでは会えないような人と出会えるのがVRChatのいいところよね。私たちは住んでいる場所が近いから、街の中ですれ違うくらいはあったかもしれなかった。でもリアルアバターでは、お互いのことを気にも留めなかったんじゃないかしら。VRChatだから、アバターを着て自分の心から出た言葉だけを交わして、仲良くなれた。それってとても素敵なことよね。 今では彼のリアルアバターも大好きよ。私が猫背になっていることを両肩を押して教えると、彼はそのときはぴんと背筋を伸ばすけれど、しばらくするとまた猫背に戻るの。彼が言うには、そうしたほうが私の顔がよく見えるんですって。今では彼は私の目を見て話してくれるわ。長いまつげを揺らせて、猫がくしゃみをするときのような顔で笑うの。 ……なんだかほとんどのろけになってしまったわね。どこかに載せるときはぜんぜんカットしてくれて構わないわ。え? もっと? じゃあ最後に、最近の話をしましょうか。 交際期間は世間的には長くなくても、VRChatやDiscordで話していると、現実の交際よりその時間は圧縮されて濃密なものになるじゃない? そうなると次の段階というか、ふたりの将来のことを考えるようになるわけ。でも、彼は私よりずっと若いし、まだ私しか知らない男の子だから、もっと遊びたいんじゃないかしら、もっとこれから素敵な出会いがあるんじゃないかしら、って考えてしまって。それで、ある日の通話でつい言ってしまったの。 『××くんは、これからいろんな人と出会ってたくさん素敵な経験をしていくんだろうね』 って。そしたら彼は少しの沈黙のあと、断言したわ。 『そんなさみしそうに言わないで。俺は○○さんだけでいいよ』 私は面食らって、疑ったわけではないけれど、反射的になんで? と聞き返した。 『俺は別にもともと恋愛に興味があったわけじゃなくて、○○さんだから付き合いたいと思ったんだ。だから、他の人なんて見えないよ』 ずっと彼のことを、初心でかわいい男の子だと思っていた。私のスキンシップや不機嫌に振り回されて、表情をころころ変える健気で純情な男の子だと。でも、彼は実はとっても芯があって、人を信じられる強さを持っていて、私よりずっと大人な男の子なんだなって、改めて知ったの。私よりずっとずっと深く、愛を知っている人だった。だから好きになったんだった。久しぶりに、思い出した。そうして初めて私は、彼とならずっと一緒にいられるかもしれないと、今の私を支えている希望を、抱くことになった。 そんな感じ。これくらいでいいかしら? うん、よかった。特に載せちゃだめなところはないし、趣旨を変えなければ言葉は整えてもらったほうが助かるわ。発表することになったらリンクを教えてね。楽しみにしているわ。 ん? なにかしら? 最後に質問? ……ああ、その人ね。確かに私が初心者案内を受けた人だけれど……今はどうしているかは知らないわ。数ヶ月はログインしているところを見たことがないし。元気だといいのだけれど。もしかして、あなたお知り合い? そう……。 はい、今日はありがとう。彼の話ができて私も楽しかったわ。それではまた。お疲れさまでした」
編集メモ:
彼女は猫耳メイドのアバターで、終始恋人との思い出を幸福そうに語っていた。 センシティブな体験については、VRChatの規約に反するためカットする。 彼女がマテリエの件について知らなかったのは、彼女のTwitterアカウントがフォロー数、フォロワー数ともに少なく、情報が入ってきていなかったためと思われる。 VRChatの中で成立するカップルについては興味深いので、機会があればまた話を聞きたい。