にんぎょの筺

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0. あらすじ

2025年8月24日、文学フリマ札幌10にて、同人誌「Sonarein」を頒布した。 「Sonarein」は50000文字、全76ページの小説である。内容は死別を扱ったもので重く、ボリュームも自家製本にしては重めだ。初めての自家製本ならば尚更だろう。 それでも私にはこの本を、自家製本しなければならない理由があった。 本文は自宅のレーザーカラープリンタで印刷し、表紙のみ印刷所「おたクラブ」さんにお願いした。色つきの遊び紙には内容に関連することわざを印刷した。仕上げの製本作業はパートナー・りりあくんと二人で、北海道のビジネスホテルの一室にて、約7時間かけて行った。 完成15冊、失敗5冊。今回の記事はその7時間を中心とした記録である。

1. なぜ自家製本だったのか

正直に言って、76ページ・20冊というボリュームでは、印刷所に頼んだほうが間違いなくきれいに仕上がる。 それでもなぜ自家製本を選んだかというと、締め切りをぎりぎりまで延ばしたかったからだ。

「Sonarein」は前編と完全版に分けて頒布した。 前編を書き終えたのは6月1日。6月の間はまだよかったのだが、劇団の脚本、別名義で書かなければならないものや書きたいもの、自主休暇、アンソロジー参加の遅延と主催者さんへの謝罪、そして夏風邪で1週間以上潰れたことが重なり、完結編の原稿に確保できる期間は予想以上に短くなった。

そうなることは6月の段階でうっすら見えていたから、印刷所への入稿は早めに諦め、表紙だけ注文し本文は自分で印刷・製本することに決めた。片面印刷のみとはいえ、いいレーザーカラープリンタを買ってあったし、前編を刷ったときの淡クリームキンマリ書籍用紙と遊び紙もたくさん残っていた。できるだけ前編に似た仕様で完結編を作りたいという気持ちもあった。

後編を書き始めたのは8月9日。当初は8月3日に始めて20日に終わる予定で、17日間で2万字のはずだった。それが9日始まりで21日終わりとなり、12日間で3万字。書いているうちに膨らんでしまったのである。

ここで余談として、「プロッター」と「パンツァー」について少し触れたい。 小説を書くときに、プロットを作ってから書く人がプロッターで、その場で考えながら書く人がパンツァーと呼ばれている。 私は自分のことをどちらかというとパンツァーだと思っていたが、時間がない時ほどプロットを立てたほうが無駄がなくなるはずだと考えて、今回はプロットから入った。 しかしスティーブン・キング先生の『書くことについて』を読む限り、また自分のささやかな経験に照らしても、それはあまりよろしくない。プロット通りにきっちり書くと、物語が変に縮こまり、悪い意味でまとまってしまう。作者の熱意も薄れがちになる。一気に書ききって後でたくさん手を入れたほうが、完成度も熱量も高くなる。 今回も書いているうちに「ここはこうしたほうがいい」と方向転換し、後半は当初の構想とは違う結末になった。詳しくは本書を読んでいただけたら幸いである。

そういうわけで、21日の夜に原稿を完成させた。当初の予定では21日に製本、22日に北海道へ飛び、24日に札幌で頒布、だったが、実際は製本する1日が原稿に飲まれて消えた。

製本は北海道でやることにした。

2. 揃えた道具

紗文さんという方がpixivに「自宅製本には見えない本の作り方。」という非常に親切な講座を上げてくださっていて、その記事を参考に道具を揃えた(紗文さん、ありがとうございます!)。今回の製本に使ったものを書き出しておく。

製本機は今回のために購入していたのだが、いざスーツケースに詰めようとしたら本文用紙であるところの380枚のA4の紙を運ぶだけでもスーツケースはずっしりと重く、諦めざるを得なかった。はさみは空港で手元から離れ、追加のカッターとカッターマットは、ホテル近くの文房具屋で買い足した。

3. ホテルで製本する

即売会は日曜日。前日の土曜日16時ごろ、ホテルにチェックインした。 ビジネスホテルではあるが長期滞在も想定された少し広めの部屋で、机のまわりが明るく、シャワー設備もしっかりしていた。 準備として、机の上にカッターマットを敷き、ベッドの足元の床にもう一枚カッターマットを置く。机側は照明が近いので、紙を折るような細かい作業をする場所と決めた。床側は体重をかけて紙の束を切るためのスペース。アクリル板はそちらに用意する。

本命の小説本に取りかかる前に、まず折り本を作った。

折り本は、原稿の合間に描いていた進捗絵日記を、Canonが配布している折り本テンプレートに並べて印刷したものだ。1枚1枚を一箇所だけカッターで切って折るとA7サイズの小さな本になる。これは家のカラープリンタできれいに印刷していて紙質もよく、自己満足の極みとして無料配布する予定だった。

この作業はとてつもなく楽しかった。

二人で印刷した紙を見て、折り線で折り、切り線で切る。トーンヘラできれいに折って、流れ作業で次々と形になっていく。「これずっとやってたい」「またこういうの作りたいね」と、のんきに話していた。完成した小さな折り本を「かわいいね」と眺めたところまでは、本当に楽しくて、気楽だった。

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今振り返ると、この作業を本作業の前にやるべきだったのか、休憩中にやるべきだったのかは分からない。とにかく18時すぎ、折り本作業を終え、本格的な製本に取りかかった。

分担はこうだ。私が表紙の筋入れと、本文・遊び紙のカットおよび順序揃え、クリップ留めまでを行う。りりあくんがグルーガンでの糊付けと、裁ち切り(本の三方をきれいに揃えるカット)を担当する。力作業と熱を扱う仕事は彼に寄った。

最初に手順を紙に書き出し、私が口頭でも説明して、まずは二人で1冊だけ作ってみる。本文A4用紙を半分にカットし、遊び紙も半分に切って表紙側・裏表紙側を確認する。ページ順に揃え、背側を机に打ちつけて整え、いらない紙を挟んでクリップで留める。表紙は、6mmの本の厚みを定規で測り、インクの切れたボールペンで筋を入れて折った。 りりあくんが背側にグルーガンで糊を入れ、表紙にくっつけて、机に背側を打ちつけて密着させる。厚い本の下に置いてしばらく乾かす。最後に三方をアクリル板で押さえ、カッターを滑らせるようにして、端を切り落としていく。こうすることでページの断面がきれいに揃うのだ。

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最初の1冊は私が引き取ることにした。りりあくんが作ってくれた、初めてこの世に生を受けた「Sonarein」だから。

そこから、本格的な量産が始まった。

4. 失敗と疲弊、見えた希望

最初の1時間で4、5冊を完成させた。20分で1冊のペースだ。グルーガンの糊が溶けるのを待ち、糊付けが終わって乾くのを待ち、その間にりりあくんは並行して裁ち切りも進める。しかし、それでもどうしても待ち時間が生じる。日付が変わる頃に終わればいいほう、と二人で話していた。

失敗が出始める。

まず1冊目で、表紙の背幅と本文の厚みが合っていなかった。再測定して以降は問題なく76ページが収まるようになった。背側を机に打ちつけて整える要領をつかんでからは、りりあくんが急速にうまくなった。糊付けの精度も上がる。三方カットの端がくしゃくしゃになる問題も、切り幅を多めに取れば解決すると、りりあくんが手を動かしながら自分で気づいた。

ところが途中で、りりあくんがカッターで指を切ってしまった。

そして私側のミスも続いた。ページの順序を間違えてクリップ留めしてしまったのが1冊。さらに、綴じ方向を間違えてクリップしてしまったのが2冊。本来は背側を糊付けするために空けておくべきところを、逆側に向けてクリップしてしまったのだ。完全に私のせいである。仕上げをするりりあくんは、糊付けや裁断の最終工程を担当している都合上、ミスが明らかになる瞬間はいつも彼の手元なので、彼自身のせいのように落ち込む。そんなことはまったくないのだが、何度も慰めた。

合計で失敗は5冊。20冊中5冊だ。私一人で作っていたら、絶対にこの数では済まなかっただろう。

そのうち時刻は21時を回り、二人とも空腹に気づき始めたが、いま手を止めたら集中が切れる、と二人とも判断してご飯を後回しにした。これは間違いだった。

23時頃、私はフラフラになっていた。喋れなくなり、夕飯をどうするかの判断もできない。お店はもう閉まっていたし、二人で外に出るには体調が悪すぎた。りりあくんがUBERのアプリ操作までほぼリードしてくれた(アプリを入れる時点で私は混乱した)。情けない話だが、ありがたかった。受け取りも彼に行ってもらい、待っている間私はシャワーを浴びた。その間にもりりあくんは作業を続けてくれていた。

なか卯のすき焼き丼が届いた。本には絶対に汚れを飛ばしたくなかったので、要らない紙で作業スペースを覆い、ベッドの上で食べた。とんでもなく美味しかった。

満腹になると私は動けなくなる。りりあくんが指にティッシュを巻きながら、最後の数冊の仕上げをしてくれた。出来上がった本の確認(三方の切り口、乱丁・落丁のチェック)だけは私が行った。残り4冊を翌朝に回し、その日は泥のように眠った。

翌朝、私よりも早くりりあくんが起きていて、残り4冊を完成させていた。我が家のジョバンニである。結果として、20冊中15冊が完成品となった。

ホテルの朝食ラストオーダー9時半に9時32分で間に合わなかったのが、その日の最大のショックだった。すごく落ち込んだ。 10時に部屋を出て駐車場に向かい、本を詰めたスーツケースを慎重に車に運び込んだ。よく晴れた透明な朝で、幸先が良かった。コンビニで朝食を買い、コンベンションセンターへ向かう。

5. 即売会での学び

即売会での「Sonarein」の売れ行きは、新刊ということもあり順調だった。表紙の美しさや口頭で説明しているあらすじから興味を持っていただいて、「こういう小説好きです」という声も頂戴した。結果として8冊が売れて、私もりりあくんも大満足の結果となった。

インターネットの友人がスペースを訪れてくれたのも嬉しかった。彼女曰く、「自家製本は20P以下でやるもの」。やはりいきなり76Pはハードだったかもしれない。それでも他のサークルで買った「コピー本のすすめ」という本では、○百ページの自家製本にチャレンジした体験がさらりと紹介されていて、自家製本の可能性を感じるとともに経験者への敬意を抱いた。

折り本は無料頒布ということもありすべて捌けた。サカバンバスピスと不思議な猫のイラストが描かれた表紙は笑いを誘っていたように思う。今思えば拙い本だが、楽しんでもらえていたら嬉しい。

6. 最後に

ホテルを出る前に、「会場で余って『こんなに頑張らなくてよかったな』と思うくらいなら、頑張って売って『失敗したのもったいなかったな』と思えるくらい売り切ろう」と二人で話した。りりあくんも私も楽しく売り子の作業をし、8冊が売れたのだから上々の結果だろう。

この経験から得た私たちの教訓を記しておこう。

製本機なしで自宅以外の場所で76ページ本を20冊作るのは、まったくお勧めできない。次にやるなら、以下の点に気をつけ(ることを推奨し)たい。

①グルーガンではなくボンドを使う

グルーガンはグルーが溶けるまでと固まるまでを待つ必要があり、作業全体のペースを乱す。木工用ボンドなら紙への浸透もよく、待ち時間のロスが減る。製本機が使えない状況ならなおさらだ。

②お腹が空いたら早めに食べる

当たり前のことだが重要だ。集中が切れることを恐れて食事を我慢した結果、後半の作業精度と精神の両方にダメージが出た。パフォーマンスを維持するために、食べた方がいい。夢中になると忘れやすいので、今一度念を押しておく。

③綴じ方向のダブルチェックを必ずする

クリップで留める前に、背表紙側が開いているかを必ず確認する。一人でも二人でも、この手順を省かないこと。

④失敗ロスを想定した冊数で作る

二十冊作って五冊失敗した。失敗を減らせたら一番だが、最初から無理のない冊数を目標にするのが適切だろう。そうして印刷段階からの、必要リソースや全体的な負担を減らしていきたい。

それでも、この製本作業をパートナーと二人でやれたことは、原稿そのものを書いた経験とはまた別の、かけがえのない思い出となった。 いや、実はかっこつけた。私はもっと少ないページ数で楽しくコピー本を作りたい。製本機は今後生かしたいが、印刷するのも一苦労だし一工程ミスっただけでそれまでの作業が水の泡になってしまう虚脱感はできれば味わいたくない。 しかし、驚くべきことに付き合ってくれたりりあくんは「楽しかった。またやりたい」と言ってくれている。彼が工作好きということもあるだろうが、大変な作業を請け負って怪我もした上でプラスの感想を持ってもらえることは、感謝が尽きないし深い尊敬の念を覚える。 また機会があれば、今回の経験を踏まえてより楽しく「自家製本」をしたい。

りりあくん、本当にありがとう。

ここまで読んでくださってありがとうございました。 「Sonarein」はBOOTHと即売会で頒布中です。よろしければこうしてできあがった私たちの本に、興味を持っていただけますと幸いです。

また別の記事で、元気でお会いできますように。

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